02


「と、殿っ…」

「ったく、情けねぇ顔してんじゃねぇよ」

藤次郎は景綱の額をビシッと指先で弾くと一度室内に戻る。

「〜〜〜っ」

景綱は目に涙を溜めて、けれど闇の中に一筋の光を見つけた様な気で藤次郎の背を見つめた…ところまでは良かった。

「…刀など持ち出して一体何を」

「決まってんだろ。この妙な事になってる原因を探りに行くんだよ」

キンッと鯉口を鳴らす藤次郎の口端は愉しげに歪んでいる。

どこまでいっても藤次郎は藤次郎だった。

正直景綱は行きたくないと思う。

「おい、行くぞ」

「………はい」

しかし、置いていかれるのはもっと嫌だった。



◇◆◇



城内を見て回ったが不思議と誰にも遭遇しない。

「俺は暇を出した覚えはねぇぞ。それとも皆して集団boycottか?」

「やはりあの月が関係してるのでは…」

藤次郎の後ろを歩いていた景綱の表情はどこか蒼い。

そして、いつの間に城外へ出たのか前を行く藤次郎の足がピタリと止まった。

「殿…?」

そこは古びた、今は使われる事のない蔵の前。

不気味に浮かぶ、二つの月の光を浴びて蔵は異様な雰囲気を放つ。

「ここは…夢に見た…」

景綱がデジャヴに冷や汗をかいている間に、藤次郎はその扉の取っ手に迷わず触れ、……開けた。

途端、

「―っ、殿!?御下がり下さい、殿っ!」

蔵の中から伸びてきた影が目の前にいた藤次郎の姿を呑み込む。

景綱の伸ばした手は虚しく空を切り、生暖かい風が体を通り抜けた。

「…と…の?」

その声に応える者は無く、錆び付いた扉がギィと小さく音を立てた。

「―――っ」

景綱は手に汗握り、声にならぬ声を上げる。

そして唇を震わせ、今一度きつく目を瞑った。

自身を落ち着かせる為に細く息を吸い、

「殿っ!」

「うぉっ!!」

カッと目を開けて、人の枕元にしゃがみこむ藤次郎を睨み付けた。

「…今度は一体何の真似です?」

「何のって…」

周りを見回せばここ一週間で見慣れた客間。

「枕元で寝物語など。お陰で悪夢を…」

「いや、朝餉の時間になってもお前が起きてこねぇからどうしたのかと思ってな」

「だからと言って…朝餉!?もうその様な刻限ですか!」

政宗と小十郎を待たせてはいけないと景綱は慌てて体を起こす。

しかし、

「―っ…ぅ」

ぐらりと平衡感覚が狂った様に視界が揺らぎ、右手で額を押さえた。

「景?」

「何でもありま…」

「ンな分けねぇだろ。蒼い顔しやがって」

額を押さえていた右手を引き離され、藤次郎の手が触れる。

「…熱があるな。お前は今日一日寝てろ」

「え、ですが…」

「いいから寝ろ。政宗には俺が言っとく」

グイッと肩を押され、景綱は布団に逆戻りしてしまった。

「…………殿が優しい。…はっ!?まさかこれも夢?」

景綱は我に返った様に閉じかけていた目を開き、藤次郎をまじまじと見つめる。

その言葉と視線に藤次郎はヒクリと口端を引き吊らせた。

「ほぉ、面白いこと言うじゃねぇか。優しい俺は夢か…、だったら夢じゃねぇ事を教えてやる」

バシンと小気味の良い音が二つ響いた。

「藤、景綱はどうした?」

「あ?見ての通りだ。熱があって…頭が痛いってよ」

音を立て、障子を開け放って入ってきた政宗に藤次郎は振り返りしれっと告げる。

確かに景綱は頭を抑え、布団の中に突っ伏していた。

「ah-、薬師呼ぶか?」

「あぁ、頼む。景、さっき言った通り今日はゆっくり休めよ」

藤次郎が立ち上がるのを気配で感じ、景綱は恨みがましい目でその姿を追う。

「…うぅ…酷い、殿。夢ぐらい見せてくれてもいいじゃないですか」

「何言ってんだ。夢の中じゃ誰も看病してやれねぇだろうが」

「え…?」

朝餉が済んだらまた来る、と言い残して藤次郎はさっさと障子を閉めて出て行った。

「han、お前も素直じゃねぇな藤」

「うるせぇ。こういう性格なんだ、ほっとけ」

政宗から顔を背けた藤次郎は不貞腐れた様に言い捨てる。

「誰も悪いとは言ってねぇ。…お、小十郎!景綱が体調崩したらしくてな、薬師を呼んでやれ」

「景綱が?分かりました。直ぐに」

「あぁ。藤が心配で仕方ねぇって言うからな」

「おいっ政、俺は別に!」

藤次郎が口を挟むも綺麗にスルーされ、小十郎は元来た道を足早に戻って行く。

「朝餉食べたら景綱の看病してやるんだろ?ほら、さっさと行くぞ」

「〜っ、しょうがねぇからな!」

がしがしと銀の髪を乱暴に掻いて、藤次郎は朝餉の用意された部屋へと足を進めたのだった。

チッ、景綱の奴が熱なんかだすから俺まで調子狂うじゃねぇか…!



end.

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